~孤独におびえて暮らすなら奴隷と同じだ~ 孤独論 田中慎弥著


孤独論 逃げよ、生きよ

原稿用紙に手書きで書いているという稀有な作家。

長らく親の元で書き続けていたが、30過ぎてやっと表舞台に出る。

芥川賞受賞時のやさぐれた会見が印象的だが、孤独と向き合い続けてきた著者の言葉は深い。

人生は孤独だ、皆不安である

孤独というのはほんとに怖い。

孤独になるぐらいなら、どうでもいいやつと時間つぶしたい。

そんな人もたくさんいるだろう。

人生に流されて、孤独におびえている人は奴隷と同じ。

人生とは所詮、どこまでいっても孤独なのだ。

家族といたって、友人といたって、会社にいたって、結局は自分ひとりである。

孤独から逃げれば、どうでもいい選択に甘んじなければいけない。

自分の人生を生きるには、決断する必要がある。

そうなれば人と違う道を歩み、孤独の道となる。

死ぬときはどうしたって一人だ。皆一人で死んでいく。

今の孤独は人生を生きるために必要な状態である。

とことん不安を感じて、決断して、突き進むしかない。

スマホに振り回される人生でいいのか

私も含め現代人の多くはスマホ、いや情報の奴隷と成り下がっているのか。

著者はスマホも持たず、メールもしないそうだ。

それでも作家として生活している。

現代人が孤独を恐れるため、情報の奴隷となっている状態を危惧している。

確かに私はヒマがあればスマホを睨んでいる。

大半はどうでもいいサイトやゲームをしている。

スマホとにらめっこして自分の世界に入り、長女に「お父さん、遊んでくれへん」と言われる始末だ。

目的があってネットや情報を使いこなすのが理想だろう。

しかし、ただ孤独を癒すため情報のシャワーを浴びるのは、やはり奴隷である。

死ぬときに何の足しにもならないネットサーフィンやツイッター回遊をするくらいなら、子どもと遊んでたくさん笑っていたい。

とことん孤独と付き合ってやる

孤独に押しつぶされそうなとき、自分の人生を切り開くチャンスである。

そこで他人の目を気にして、どうでもいい選択や行動をするならそれもまた人生。

死ぬまで誰かのために生きて、不満を募らせて朽ち果てていく。

自分の欲求に従って行動を起こせば、孤独になるのは必然。

自分の人生なのだから、自分という主に従うまでだ。

孤独は不安だが、生きてる証でもある。最後は自分で決断して行動するしかない。

孤独論 逃げよ、生きよ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。